2009年09月01日

主を仰ぎ見ん(3)

「なんです、これは」
 彼は、いいしれぬ不安を感じ、震えながら後退った。
『主』は、それを手招いた。
「おまえと同じ、ヴィヴァント(生体造型)だ、俺の大切な……ツヴィルクをかたどった」
『主』は、そう言い、そのヴィヴァントの頬に指先を触れんばかりに近づけた。
「ツヴィルク」
 すると、そのヴィヴァントは、見上げながら眼を細め、唇を開いた。
「シャダイン……」
 ああ、その名前は。

 ありえない、『主』の名前を口にするなんて。
 せっかく早くに観測を終えて『宙の船《バトゥドゥユニヴェル》』に帰ってきたというのに、『主』は、彼のことはかまわずに、新しいヴィヴァントとばかり話をしていた。
 船の内部は、複雑な区画に分かれているが、実は、彼は五つの黒板の空間以外の区画には行ったことはなかった。
 彼が造られたのは研究区のひとつだといわれたが、気が付いたとき、彼はすでに青年の姿で、あの黒い板の前にいた。それから数万年経つが、その姿に変化はなかった。『主』の話を受身的に聴くことがほとんどだったが、なにがしかの感情が少しずつ育っていった。
 ヴィヴァント(生体造型)は、研究区の大きな透明筒の中で造られる。その筒には、ウルティミュウリア(超力)という力の粒子(素子)から出来た液体が満たされていて、その中に有機的重合分子を投入する。その分子の微細な隙間に素子が入り込み、組み込まれていって、やがて、『主』が構築したジェノム(遺伝子情報)を伝達するウルティミュウリアの衝撃雷を放ち、そのジェノムに従った造型の生体が造られるのだ。
 彼はそうして造られた。
 あのヴィヴァントもそうして造られたはずだった。彼と同じように。

 彼は、初めて五つの黒い板の空間「艦橋」から出た。およそ、何千と放射状に広がっている暗い通路のひとつを無作為に選んで、歩き出した。通路は幅広く、天井も高い。先などまったく見えない。どこまで続いているのか、わかろうはずもない。
 ゆっくりと歩いていく。
『主』は、どこにいかれたのか、もう何百日も会っていない。
 時間の経過は、彼の身体に内蔵されているプログラムコォオドによって正確に算出される。
「三八一日二十二時間十九分三十八秒、三十九秒、四十秒……」
 観測から戻ってきてから、ずっと呟いていた。
『主』は、あのツヴィルクというヴィヴァントを連れて、どこかに消えていった。この船内のいずこかにいるのだろうが、彼にはその所在はわからなかった。
 惑星上で収集したデェイタの解析は研究区の解析回路が行なっているので、彼はここに戻ってくると何もすることがなかった。いつもなら、戻ってきたら『主』の語る別の星域の話や、腐敗した文明の醜い有様、滅亡させるときの様子、その消滅された物質のひとつひとつについて、事細かに語ってくれた。生物については、そのジェノム(遺伝子情報)から発生―死、無機物は組成や用途。さまざまな事象や社会体制。なにが必要で、なにが不要なのか。
 ヒト種などについては、個体を特定してその名前で話すこともあった。
「ロージュンというヒト種ときたら、すべてのヒトを支配したいがために、脳内に操作チップを埋め込んだはいいが、その操作システムを改ざんされて、ヒト類すべてを敵に回すことになった。最後はその操作システムそのものが破綻して、ヒト種は、ひとり残らず生命活動が停止してしまうことになった」
 どこも悪いところがないのに、老いも若きも子どもも老人も次々に座り込んだり、倒れたりして、少しも動くことができなくなって、喉が渇き、枯れ果て、衰弱死していったのだ。
 ある惑星では、信奉するものが異なるものは殲滅すると互いに子々孫々まで戦い続け、大量破壊兵器で滅んでしまった。
 環境破壊が進み、僅かな食料や資源を奪い合って殺し合い、秩序ある文明社会が崩壊してしまった惑星もある。
 汚された自然が自らヒトや生物の住めない環境に変わり、適応できなくなった動植物は死に絶え、微生物や昆虫類しか生き残れなくなった惑星もあった。
 どこもそんなばかげたことばかりだと鼻先で笑い飛ばした。
『主』は、いつも不愉快そうに、旧世界の愚かさを皮肉り、あざ笑う。
 彼はそんな『主』の語る姿を仰ぎ見ているだけだった。だが、それはこの上もなく充たされたことだった。それだけでよかったのだ。
 それなのに、なんだ、あれは。あれは。
「『主』の名を……おそれもなく……口にして……」
 ギリギリと歯噛みしていた。
 今までに感じたことのない感情。
 いったい何なのだ。この気持ちは。
 あてどなく通路を歩いていく。通路は、複雑に折れ曲がっていたり、螺旋状になっていたり、下ったり登ったり、分岐していたり、合流していたりしていた。だが、どのような経路を歩いていったとしても、彼はそれまで歩いた経路を正確に記憶しており、もとの「艦橋」に戻ることができるのだ。
 前方の暗闇の中からぽつりと光の粒が現れた。
『主』の御光。その光を浴びたい。
 思わず足が速まり、やがて駆け出していた。
 あそこにおられる!
 次第に光の粒は大きくなり、明るく広々とした空間になった。
 そこは、白い砂がどこまでも広がっていて、ところどころに丘となって盛り上がっていた。
 その丘の下に『主』が座っていた。透明膜の外套を着て、頭巾を被り、あぐらを掻いていた。その膝の間に。あれがいた。
●シャダイン ……究極者(アルティメット)と呼ばれる宇宙意識体。通常はヒト型を取っているが、本来は定型を持たない。主(しゅ)と呼ばれ、生体造型(ヴィヴァント)と区別している。
●彼 ……生体造型(ヴィヴァント)。主の姿を再現した。妄信的なまでに主に対して傾倒している。
●ツヴィルク ……ヴィヴァント。シャダインの恋人を模っている。

●テクスタント(本部) ……究極者たちの本星。最高意思決定組織があり、生命のある惑星に派遣員のチィイムを向かわせて、ユラニオゥム(核)や環境破壊、ウイルス病原体などによって滅亡、瀕死になった惑星に初期化システム《ムウイェスィオン》を掛けて、生命誕生からやり直して新たな《摂理》の世界を作り出そうという計画している。
posted by のり at 00:37| Comment(0) | TrackBack(0) | SF・ファンタジー
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